1.売り手市場

平成29年4月に日本の有効求人倍率は1.48倍となり、バブル期のピークだった平成2年7月の1.46倍を上回りました。そして、厚生労働省「一般職業紹介状況(平成29年8月)」では、1.52倍にまで上昇しました。
つまり、今現在、日本の労働市場は、空前の売り手市場というわけです。
そのようななか、大卒予定者や転職者の大企業志向の高止まりなどにより、中小企業にとっては、人材を確保することが困難な状況にあり、重要な課題となっています。
では、この課題に対して、中小企業が行うべきこととはどのようなことでしょうか。

2.人材の定着

人材を確保するというと、「採用」という言葉が頭に浮かぶと思いますが、それ以上に大切なものは「定着」ではないかと、私は考えます。
もちろん、両方とも大切ですが、仮に採用に成功したとしても、すぐに辞めてしまっては、採用コストが無駄になります。
また、経験値の乏しい新規の人材よりも経験値の豊かな既存の人材を流出させないよう定着させることの方が重要であると考えるからです。

3.コミュニケーション

2017年版 中小企業白書によると、「職場環境・人間関係への配慮」が就業先で実現されていない場合、7割以上の方が離職、転職の意向を示しているようです。
また、「上下関係に縛られず意見を出しやすい」、「従業員間のコミュニケーションが活発」などといった職場のコミュケーションや風通しの良さが、働きやすい職場であるという認識につながっているようです。
これらのことから、人材の定着には、職場での適切なコミュニケーションが必要であると考えられます。
では、適切なコミュニケーションとはどのようなものでしょうか。
そこで、「アサーション」というコミュニケーションスタイルをご紹介したいと思います。

4.アサーションとは

アサーションとは、簡単にいうと「自分も相手も大切にする自己表現」のコミュニケーションの考え方と方法のことを言います。これは、アメリカの心理学者であるウォルピーによって開発され、カウンセリングの方法のひとつとして活用されていたものになります。
アサーションでは、人の自己表現には【非主張的】【攻撃的】【アサーティブ】の3つのスタイルがあると考えています。

【非主張的】
自分の考えや気持ちを言いたくても言わず、相手の言うことを優先して受け入れてしまうスタイルのこと。
【攻撃的】
自分の言いたいことを優先して、相手に押し通そうとするスタイルのこと。
【アサーティブ】
まずは、自分の考えや気持ちを考える。そしてそれを正直に、相手に配慮しながら伝える。

 
アサーションの目指すところは、【非主張的】や【攻撃的】な自己表現を【アサーティブ】な自己表現にしていき、自分も相手も大切にし、互いに幸せになるコミュニケーションをすることです。

5.相手を大切にするということ

アサーションでは、自分の考えや気持ちを正直に伝えることのほかに、相手の考えや気持ちを聴くことが大切になります。
この「聴く」とは、相手の身になって理解しようとすることです。相手の言葉を理解するだけでなく、相手の表情や態度などを感じ取りながら聴き、共感することです。そうすることで相手のことを大切に考えることが出来るようになるのです。

6.DESC法

アサーションが、自分も相手も大切にするコミュニケーションであることは、なんとなくはわかっていただけたでしょうか。
では、実際にどのように表現したら良いでしょうか。
その表現方法として、一般的に使用されているものが「DESC法」というものです。
これは、北米でアサーショントレーニングを行っているバウアー夫妻が開発したアサーティブな表現のフレームワークのようなものになります。

D(Describe):自分が対応しようとしている状況や相手の行動を客観的に描写する
E(Express):Dに関する自分の主観的な気持ちを表現・説明する
S(Specify):相手にして欲しい行動、妥協案、解決策などの特定の提案をする
C(Choose):Sに対する肯定的・否定的結果を想定し、それに対する選択肢を示す

 
(例)
ある日の就業時間後のことです。○○さんは奥さんと結婚記念日のお祝いで食事の約束をしていたため、早々に仕事を切り上げて、退社しようとしていました。
そこへ上司から急遽仕事の依頼があったのです。
上司:「○○さん、この資料、急遽明日の会議で使用することになったから、今日中にまとめておいて」

この上司の依頼に対する○○さんの返答をDESC法で表現した場合は、このようになります。

D:実は今日、妻との結婚記念日でして、お祝いで一緒に食事をすることになっているんですよ
E:年に一度のことなので、こちらを大切にしたいのですが
S:誰か他の方にお願いしていただくわけにはいかないでしょうか
C:明日、朝一で出社して仕上げるということでもよろしいでしょうか

ここで注意していただきたいのが、DESC法を使用して、アサーティブな自己表現を行ったからといって、自分の考えや気持ちが通るというわけでないということです。

アサーションとは、「自分も相手も大切にする」コミュケーションスタイルです。相手の考えも大切にするので、自分の考えと相手の考えが一致しないときは、もちろん葛藤は起こります。葛藤が起ったからといって、非主張的に自分を抑え込んだり、攻撃的に相手を抑え込もうとはせず、その葛藤のなかで、話し合って、互いの考えが交わる点を探していき、平和的に解決する方法を模索するのです。

もちろん一朝一夕には出来ないと思いますが、従業員一人一人が意識をしてアサーティブな自己表現に取り組み続ければ、「上下関係に縛られず意見を出しやすい」、「従業員間のコミュニケーションが活発」などといった風通しが良く、働きやすい職場環境になり、従業員の定着率向上にも繋がるのではないでしょうか。

(参考文献)
・アサーションの心 自分も相手も大切にするコミュニケーション 平木典子著(朝日新聞出版)
・2017年版 中小企業白書

(プロフィール)

松元 伸洋(まつもと のぶひろ)
1982年生まれ。2004年立教大学経済学部経営学科卒業後、美容専門商社に入社し約6年間営業職として従事。原宿・青山等の都市型から千葉・茨城等の郊外型の美容サロンまで幅広く担当(約60軒)し、課題解決の為のトータルコーディネート提案を行う。その後、税理士事務所に入所し、中小・零細企業、個人事業主の会計業務等に従事する。
2016年中小企業診断士登録。