2019年4月から「働き方改革関連法案」が施行され、中小企業にも適用されています。しかし多くの中小企業では働き方改革関連法案の内容理解が不十分で対応しきれていない現状のようです。このコラムでは同法案のポイントと中小企業が対応するにあたり注意すべきこと、そして支援策をお話したいと思います。

1.厚生労働省の考え方

厚生労働省の働き方改革の基本的な考え方は2019年4月に示された「働き方改革へ一億総活躍社会の実現に向けて~」のリーフレットに以下のように記載されています。

働く方々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的に推進するため、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保等のための措置を講じます。

そして働き方改革全体の推進のポイントは2点が明示されています。

ポイントⅠ:労働時間法制の見直し
「働き過ぎ」を防ぐことで、働く方々の健康を守り、多様な「ワークライフ・バランス」を実現できるようにします。

ポイントⅡ:雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
同一企業内において、正社員と非正規社員の間にある不合理な待遇の差をなくし、どのような雇用形態を選択しても「納得」できる」ようにします。

ポイントⅠの「労働時間法制の見直し」の内容は以下のように示されています。

① 残業時間の上限を規制します
② 「勤務間インターバル」制度の導入を促します
③ 1人1年あたり5日間の年次有給休暇の取得を、企業に義務づけます
④ 月60時間を超える残業は、割増賃金率を引上げます(25%→50%)
 ▶ 中小企業で働く人にも適用(大企業は平成22年度~)
⑤ 労働時間の状況を客観的に把握するよう、企業に義務づけます
 ▶ 働く人の健康管理を徹底
 ▶ 管理職、裁量労働制適用者も対象
➅ 「フレックスタイム制」により働きやすくするため、制度を拡充します
 ▶ 労働時間の調整が可能な期間(清算期間)を延長(1か月→3か月)
 ▶ 子育て・介護しながらでも、より働きやすく
⑦ 専門的な職業の方の自律的で創造的な働き方である
「高度プロフェッショナル制度」を新設し、選択できるようにします
 ▶ 前提として、働く人の健康を守る措置を義務化(罰則つき)
 ▶ 対象を限定(一定の年収以上で特定の高度専門職のみが対象)

ポイントⅡの「雇用形態に関わらない公正な待遇の確保」の内容は以下のように示されています。

① 不合理な待遇差の禁止 (いわゆる同一労働同一賃金のことです)
② 労働者に対する待遇に関する説明義務の強化
③ 行政による事業主への助言・指導等や行政ADRの既定の整備

2.中小企業としての対応

経営者として「働き方改革を実施するのは、中小企業では難しい」と考えていらっしゃる方も多いと推察します。しかし厚生労働省は、「わが国雇用の7割を担う中小企業・小規模事業者においては、働き方改革を着実に実施することが不可欠である」として、1,で示したような様々な施策を打ち出しています。

日本において今後も生産労働人口の減少が続くことは明らかです。新型コロナウィルスの感染拡大による雇用情勢の変化はありますが、一時的なものとなり、中小企業の人手不足の問題は続くと推測されます。

そのため厚生労働省の施策を理解しておくほうが良いことになります。その理由の一つは会社や経営者が法令違反にならないようにするためです。もう一つの理由は、厚生労働省が「働き方改革」推進のために実施するサポートを利用するためです。このサポートを利用して労働環境の整備を実施して、魅力的な職場づくりをしましょう。

厚生労働省が示すように、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」、「働く方々のニーズの多様化」など日本が直面する課題に対応するためには、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境をつくることが必要です。労働生産性の向上と優秀な人材の確保ができる業務システムそして労働環境を整えておくことが大切です。

(1)働き方改革の前に

中小企業の経営者の皆さんと話をさせていただきますと、「働き方改革の前に必要なことがある」というのを実感させられます。

たとえば、コロナウィルス禍による休業要請に際して、雇用調整助成金の請求をした企業は多いと思います。しかし「請求したくても社労士が対応してくれない」という話を聞きます。

顧問先を持つ社労士に聞きますと、「顧問先は雇用関係の状況を知っています。また法令順守を指導しています。しかし新たに顧問先以外の事業者さんに依頼されても、雇用関係の状況や法令順守ができているかの確認が必要です。短期間にその確認、修正を実施して、雇用調整助成金を請求するのは難しいのです。そのためにお断りすることになります。」と説明されました。

これは中小企業や小規模事業者の場合、助成金を請求するための前提条件である「法令順守」ができていないことが多いからです。「労働条件通知書を渡していない」「労働時間の管理ができていない」「残業の概念を間違えている」「36協定とは何か、届け出の必要性があることを知らない」など雇用について労働法制の基本的な知識が欠如している中小企業が少なくありません。

私は、企業内にいるときに、内部統制のセクションに在籍していました。その立場からM&Aをしてグループの傘下に入った子会社の内部統制構築をサポートしました。そのとき、就業規則をはじめとした基本的な規程が整備されていない企業が多いことを実感しました。

経営者や担当者の皆さんには、今回の働き方改革法案の施行を契機に、ご自分の会社が「法令順守」できているか確認をしていただきたいと思います。厚生労働省のサポートを受けて「法令順守」の体制を構築、さらに労働環境の整備をすすめていただきたいと思います。 「ブラック企業」のレッテルを貼られると採用に悪影響を及ぼすだけでなく、社員の士気も下がります。「働き方改革」実施により、ホワイトなイメージを作っていきましょう。

(2)具体的な施策と対応について

厚生労働省が強く打ち出している「働き方改革」には様々な施策があります。ここでいくつかご紹介します。「働き方改革」といってもどうしたらいいかと迷っている経営者や担当者の皆様は、ぜひ利用をご検討ください。

①働き方改革支援センター専門家派遣
https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata

厚生労働省から委託をうけた全国社会保険労務士会連合会が運営する「働き方改革支援センター」から社労士等の専門家が訪問サービスで相談を受けるというものです。 

無料で3回まで訪問してくれますので、働き方改革の相談はもちろんのこと、就業規則の見直しや助成金の話も聞くことができます。

②厚生労働省 スタートアップ労働条件サイト
https://www.startup-roudou.mhlw.go.jp/

このサイトでは自分の会社の労働条件がどんな状態なのかセルフチェックができます。そしてチェックで就業規則の作成が必要と示された場合専門家である社労士に頼むと費用も時間もかかります。しかしサイトで登録すると、就業規則の作成が簡単にできます。

厚生労働省からは「モデル就業規則」というものが示されています。ここではそのモデルを使った就業規則が作成できます。指示に従って自分の会社用にアレンジしていけば、「働き方改革」時代に合った就業規則が完成します。

このサイトを利用して作成すると、現在の労働法制度の理解にもつながります。また同様に36協定の提出書類も簡単に作れます。

③TOKYO働き方改革宣言企業への応募
https://hatarakikata.metro.tokyo.jp/seido/

東京都の制度です。都内の中小企業に限られます。TOKYO働き方改革宣言の目標及び取組内容を定めます。従業員の長時間労働の削減及び年次有給休暇等の取得促進のため全社的に取り組む企業には、奨励金が支給されます。さらに制度の整備ができると助成金が支給されます。

宣言後の取り組みをフォローアップする専門家の派遣もおこないます。

④健康経営優良法人認定制度
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html

経済産業省の制度です。厚生労働省の働き方改革とは少し異なる視点から労働環境の整備を提案しています。

これらの公的制度を利用して「働き方改革」を進めていただきたいと思います。

佐藤裕二
中小企業診断士、社会保険労務士、 CIA(公認内部監査人)、宅地建物管理士  

■学研グループにて文具玩具事業、高齢者住宅・介護事業、内部監査・統制等を経験。現在合同会社MY Project代表社員として経営・労務コンサルティング、介護事業コンサルティング、住宅賃貸事業、区役所・商工会議所相談員、補助金審査等に従事し、中小企業のサポートをしている。

■所属団体
・一般社団法人東京都中小企業診断士協会中央支部(副支部長)
・神奈川県社労士会横浜西支部
・一般社団法人日本内部監査協会正会員
・東京商工会議所荒川支部
・東京都中小企業診断士協会認定福祉ビジネス研究会(代表)
・同健康ビジネス研究会
・同経営革新実践研究会
・神奈川県社労士会労働診断部会
・同労働ADR部会
・同西支部年金研究会
・日本内部監査協会CIAフォーラムe-5(座長)
・NPOちゅうおう経営支援
・一般社団法人ちよだ中小企業経営支援協会
・NPO文京区中小企業経営協会