優れた経営者から学んだ財務諸表の読み方

■社長に言われた一言

『このPJの赤字は俺からしたら資産なんだよ』

IT企業の経営企画室として従事していた時の事、社長から言われたこの一言が、今も鮮明に思い出されます。この言葉を聞いたのは、多額の赤字を計上したPJの完了報告を行った時でした。その会社は40年以上続いているのですが、その長い歴史の中で、最も多額の赤字を計上したPJであったため、当時社会人3年目の私は、また怒られるのかと、重い足取りで社長のもとへ向かったことを覚えています。しかし予想に反し、柔らかい表情でこの言葉を仰ったことに、私は驚きとともにその意味を計りきれないでいました。

■損失と捉えるか資産と捉えるか

“利益は意見”という言葉がありますが、費用と資産の境界線は本当に曖昧なものです。耐用年数を過ぎた資産を継続して活用したり、逆に償却期間が終わっていない資産を廃棄したりすることは日常的に発生します。財務会計としての作法とは別に、本当に一過性の費用なのか、今後も活用できる資産として残るものなのかは、その事象をどのように捉えるかという、自分の意見が必要であると今は強く感じています。

社長の言葉に話を戻しますが、赤字が発生したPJは、これまで経験したことの無いアーキテクチャだったことに加え、規模も非常に大きいものであったため、技術的にもマネジメント的にも、会社にとって挑戦的なものでありました。社長の中では、たとえ一時的には失敗に見えても、このPJを経験したことが、その社員にとって優れた資産となり、必ず次のPJに活かされると感じていたのだと思います。つまり社長の中では、このPJの赤字が、損失ではなく、資産として積みあがっているように見えたのでしょう。

■財務諸表で表現されていること

そもそも財務諸表にはどういったものが表現されているのでしょうか。企業経営において重要とされている資産は、一般的に「人」「モノ」「金」「情報」と言われています。“財務諸表は企業の通信簿“という言葉を時折目にしますが、主に「モノ」「金」に関する状況が表示されているだけで、事業を行うために重視すべき「人」「情報」については表現しきれていません。また、過去・現在の状況を表示しているもので、未来の状況については表現されていません(一部引当金などリスクを考慮しているものはありますが)。

これらを踏まえても、会社の状況を正しく理解するためには、財務諸表で表現できない部分を可視化する必要があります。それは「人」の切り口であれば「従業員数」「年齢」「性別」「ノウハウ」「文化」など、「情報」の切り口であれば「市場動向」「顧客とのチャネル」「外注先とのネットワーク」など様々な内容が考えられます。その企業の本来の姿を捉えるには、外部環境も踏まえたうえで、これらの視えない資産を洗い出す必要があります(上場企業であれば、有価証券報告書や決算短信などがありますが、情報量不足や客観性が乏しいなど、完全に表現できているとは言えません)。

■常に先を見通す経営者

冒頭の社長は「月次処理が終わったらすぐに数字を持ってくるように」と、常に数字を気にしていたため、あの言葉の意味を理解できた時、私はとても驚きました。社長は断片的な数字を見ているのではなく、そこから全体の状況を感じ取り、未来に目を向けて考えを巡らせていたのです。

この出来事を思い返しながら、優れた経営者の言葉を調べてみると、同じような名言をいくつも見つけることができました。

『失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる』 松下幸之助

『成功者は、例え不運な事態に見舞われても、この試練を乗り越えたら、必ず成功すると考えている。そして、最後まで諦めなかった人間が、成功しているのである』 本田宗一郎

『我慢さえできれば、うまくいったも同然なんだ』 スティーブジョブズ

優れた経営者は皆同様に、一過性でものごとを捉えるのではなく、全体を俯瞰し、未来を見通す才能があるのだと感じます。

執筆者:土田喬志