パワハラ対策における経営者の視点
1.はじめに
2022年4月から中小企業においても「パワハラ防止法」が施行され、防止対策をとることが義務化されています。この防止対策に従い「パワハラ」を発生させないようにすることが経営者の責務です。
しかしながら経営者としては、ある一定の確率で起こりうるものとしてそのリスクにそなえ、企業として受けるダメージを最小限にすることも必要だと考えます。「パワハラ防止対策」に関する「企業経営者の持つべき視点」について、私の企業における経験より意見を述べたいと思います。
2.「パワハラ防止法」で取り組むこと
「パワハラ防止法」において規定されている、企業が取り組むべきことはおおむね次の2点に要約できます。
① 規程類を整備し、社員に周知徹底すること
② 相談窓口や対策実施部門など体制を整備すること
企業においてこの内容を着実に取り組むことが、「パワハラ対策」の王道です。取り組みを示すことで、同時に「企業としてやるべきことをしっかりやっている」ということを示すことができます。「パワハラ」問題を起こしてしまった場合も、その後に起こりうる数々のリスクから企業を守ることになります。
3.パワハラ発生による企業への影響
企業が「パワハラ」を発生させてしまった場合の、企業におけるリスクとしては次の3点があげられます。
① 企業のイメージダウン(顧客、仕入先など)
② 経済的損失(訴訟費用、損害賠償発生など)
③ 社員の不満発生やモチベーションの低下(人材流出、新規採用難など)
この中で、私は③が最大のリスクだと考えます。①については時間がたてば修復可能ですし、②もいわば一時的な出費です。しかし社員は企業にとって最重要の財産であり、「パワハラ」のために真面目で優秀な社員を失うことは経営危機に直結します。
4.「パワハラ」の実態
多くの企業における「パワハラ」への対応は十分ではないようです。厚生労働省が行った働く人を対象とした「令和2年 職場のハラスメントに関する実態調査」では、勤務先はパワハラを認識しても「特に何もしなかった」との回答が47%をも占めています(図表1)。
図表1 パワハラを認識した後の勤務先の対応(重複回答あり)
(過去3年間にパワハラを受けた者864人中の回答割合 単位:%)出典:厚生労働省 令和2年「職場のハラスメントに関する実態調査」より
私の経験では企業での「パワハラ対応」を難しくする要因が3つあげられます。
① そもそも「パワハラ」なのか、「適切な指導の範囲」なのかの区分が非常にあいまいで難解である。
② 「パワハラ被害者」にも度重なる業務命令違反や勤務態度に問題があるなど一定の非がある場合もある。
③「パワハラ被害者」と訴える者の中には被害妄想や、適切な指導への「さかうらみ」としか思えない場合もある。
このように実際にはその「パワハラ度合」と「問題行動の所在」の組み合わせにより、「パワハラ」とされる内容もさまざまです(図表2)。多くの経営者は、企業としてどのように対応してよいかに、とまどうことが多いのではないでしょうか。
5.企業経営者の持つべき視点
「パワハラ」に対して経営者として特に留意すべき視点を3つあげます。
① 社員の信頼を失わないこと
万一「パワハラ問題」を発生させてしまった場合は、まずは「パワハラ被害者」へのケアを十分に行い、「パワハラ加害者」に対する処分をきちんと行う必要があります。そのうえで、この2点について経営者として誠実に対応していることを、社員に説明する必要があります。
② 常に公平公正であること
「パワハラ加害者」への処分は、「パワハラ被害者」だけではなく他の社員にも納得のいくように行うことが重要です。ところが経営者としてついやってしまいがちなのが、「パワハラ加害者」が「優秀な社員」「真面目な社員」である場合、その「パワハラ加害者」をかばってしまうという行為です。このような行為は他の社員の不信につながります。経営者はあくまで「公平」「公正」であるかを常に念頭に置き、自らの対応を確認するべきです。
③ パワハラ記録を残すこと
「パワハラ対応」に関して、企業として公式に規程類をそろえておくこと、対応記録を残すことは必須です。「パワハラ被害者」であると訴える社員自身に問題がある場合は、「何が問題であったのか」を企業として主張できる証拠を示すことが重要です。
6.おわりに
「パワハラ問題」が起きてしまった場合の経営者としての基本は、反省すべき点を反省し再発防止対策を確実に行うことです。そのうえで経営者は、企業として行うべきことはきちんと実施していることを、社員や社会に説明できるようにしておくことが重要です。
企業での「パワハラ防止対策」を行う際に、本コラムで紹介した「企業経営者の持つべき視点」が参考になれば幸いです。
中田 公敬
中小企業診断士、社会保険労務士