企業内診断士と海外ビジネスの親和性
1.はじめに
私は、総合商社→外資系農薬会社→ヘルスケア企業とそれぞれ10年余り、会社人生35年を一貫して海外ビジネスに携わってきました。そこで自分の経験を振り返って、企業内診断士と海外ビジネスの親和性について考察します。
2.35年のキャリアで感じていること
昨年10月政府の経済財政諮問会議でサントリーホールディングスの新浪社長が、“経営人材の育成は非常に重要。中小企業診断士の資格は大変難易度が高いが、中堅・中小企業の経営を担うことのできる人材の、すそ野拡大のためにも、仕組みの再考をしてはどうか。経営というのは、当たり前のことを当たり前のようにやることが大切であり、当たり前の要諦をしっかり勉強する機会の提供が重要”との趣旨の発言をされました。私の経験と重なり共感しました。私は診断士試験に30代後半で最初のチャレンジをしました。大学受験以来の猛勉強をして経営知識を習得しました。
当時勤務していた外資系企業では、外国人経営陣の下で、習得したばかりのファイナンスやマーケティングの知識を直ちに実践で活用することができ、英語以上に重要な“言語”であることを認識しました。また、幹部として派遣されたブラジルでの子会社経営においては、経営知識をフル活用し、実践の場とすることができました。さらに、40代前半で本社の執行役員に抜擢され、大きく飛躍することができました。
現在はヘルスケア業界に転じ、海外事業の経営に携わっています。診断士の受験勉強で得た経営知識は一貫して私の強みであり、都度、実際のビジネスで有効活用することができました。今日あるのは当時の猛勉強があってこそだと心底思っています。
3.海外現地法人の特徴
中小企業診断士と海外ビジネスの親和性を示すものとして、ここで海外現地法人の特徴を見てみましょう。
(ア) 海外現地法人の規模
日本企業の海外現地法人の規模は、図表1のとおりです。
<図表1 海外現地法人の従業者数と売上>
本社企業 | 現地法人合計 | 製造業 | 非製造業 | |
有効回答数 | 7,318社 | 25,693社 | 11,199社 | 14,494社 |
従業者数合計 | 564万人 | 420万人 | 144万人 | |
1社あたり平均値 | 220人 | 375人 | 99人 | |
売上合計 | 263.1兆円 | 121.6兆円 | 141.5兆円 | |
1社あたり平均値 | 102.4億円 | 108.6億円 | 97.6億円 | |
従業者一人あたり売上 | 4,655万円 | 2,896万円 | 9,859万円 |
(出典: 経済産業省2020年海外事業活動基本調査概要から作成)
①海外現地法人の平均従業者数は中小企業の定義に近しい
日本企業の海外現地法人従業者数は平均220人となっています。うち、製造業では375人、非製造業では99人となっています。これは、図表2に示す中小企業法による中小企業の従業員数の定義に近しい数値となっています。
<図表2 中小企業の定義の従業員数>
製造業 | 卸売業 | 小売業、飲食店 | サービス業 |
300人以下 | 100人以下 | 50人以下 | 100人以下 |
(出典:2021年版中小企業白書より作成)
②現地法人の従業員一人あたりの売上高は中小企業の平均に近しい
日本企業の海外現地法人の従業者一人あたりの売上は平均4,655万円となっています。うち、製造製造業は2,896万円、非製造業は9,859万円となっています。これは、図表3に示す日本国内の中小企業の従業員一人あたりの売上と、全産業および製造業において近しい数値となっています。
<図表3 日本企業の従業員一人あたり売上高>
全産業 | 製造業 | 非製造業 | |
中小企業平均 | 4,500万円 | 3,200万円 | 6,200万円 |
大企業平均 | 8,000万円 | 6,200万円 | 8,800万円 |
(出典:2016年版中小企業白書より作成)
(イ) ポスト・コロナ時代に向けての多様な経営課題
日本企業の海外進出は成長の活路を求めて年々増加傾向ですが、2020年度の「ジェトロ海外ビジネス調査」では、2,722社の海外進出企業のうち、6割強がコロナ禍で売上に負の影響がでており、7割が海外ビジネスを見直すとしています。
この「見直し」の内容は図表4の通りです。販売戦略が4割強と突出していますが、調達、海外ビジネス人材、デジタル化対応、生産とそれぞれ13~14%とほぼ等しく、多様な経営課題に直面していることを示しています。
<図表4 海外事業の見直し方針>
(出典:2020年度ジェトロ海外ビジネス調査)
(ウ)日本は若手の管理職が少ない
図表5は、日本は管理職への昇進年齢が高いことを示しています。つまり若手の管理職が少なく、日本本社において管理業務の経験を十分に積む前に、海外現地法人に派遣されてしまうケースが多いと言えます。
前述の通り、海外現地法人は、相対的に小規模な組織であることが多く、この場合、職務要件やポジションは日本よりも、多様で高度なものとなります。
<図表5 日本の管理職平均年齢>
(出典:2021年8月内閣府企業組織の変革に関する研究会報告書)
4.まとめ
このように、海外現地法人の環境は、(i)規模(従業員、売上高)は中小企業に近しく、(ii)多様な経営課題を抱えており、(iii)経営経験・能力を備えた人材が少ないなか、(iv)多様で高度な職務やポジションが求められます。
つまり、包括的な経営知識を備えた企業内診断士は貴重な戦力となり、活躍の場としての親和性が高いといえます。
私が初めて経営を実践する場となった、当時のブラジル海外現地法人(製造販売業)は、売上100億円弱、従業員数約300名という、まさに「中小企業」というべき組織でした。多様な経営課題に対して比較的ハンズオンで対処することができたと思います。
30代後半で診断士試験の猛勉強を始めた時、学んだ知識がこれほどにも有効になるとは想像していませんでした。さらに海外現地法人で実践の場を得ることができたことは、大きなステップアップにつながりました。”海外現地法人こそ企業内診断士の活躍の場がある!”。自ら手を挙げてでも早い時期から海外に出ていかれてはいかがでしょうか?
執筆者 久保田直善 中小企業診断士