宇宙ビジネスは中小企業の新たなビジネス機会

1.はじめに

宇宙ビジネスに対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。多くの方は「国や大企業が行うもの」、「自社には関係ないもの」というイメージだったと思います。一昔前まではそのとおりだったかもしれませんが、近年、状況が変わってきました。中小企業においても課題解決のために利用できるようになってきましたし、成長の機会としても注目され始めてきました。

筆者は、20年以上に渡り宇宙産業の中堅企業でエンジニアとして関わってきた経験があります。中小企業診断士として宇宙ビジネスを振り返ったときに、中小企業が成長する機会としての可能性を感じています。

本コラムでは、宇宙ビジネスを成長の機会にできることを、分かりやすくご説明します。

ご説明する内容は次のとおりです。

  • 宇宙ビジネスは中小企業の成長の機会になる
  • 宇宙ビジネスを「利用」することで自社の課題解決に結びつけられる
  • 宇宙ビジネスを「事業化」することでビジネスを拡げる

2.中小企業が成長する機会としての宇宙ビジネス

(1) 宇宙ビジネスの市場はサービスや民生機器など多彩

宇宙産業は、①宇宙機器産業、②宇宙利用サービス産業、③宇宙関連民生機器産業、④ユーザー産業の4つの産業で構成されており、宇宙産業全体では約8.9兆円の市場規模になります(図表1-1、1-2参照)。

図表1-1 宇宙産業の分類

出典:国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 新事業促進部「JAXAと産業」
(ウェブサイト、https://aerospacebiz.jaxa.jp/partner/))

図表1-2 2016年時点の宇宙産業規模

出典:総務省 宙を拓くタスクフォース「宙を拓くタスクフォース報告書」 [3-2宇宙産業の市場予測] を基に筆者作成

特に③と④の割合が大きく、この2つで全体の約9割を占めています。宇宙ビジネスに対してはロケットや人工衛星というイメージが強いと思いますが、実は全体の4%程度に過ぎないのです。

また、③と④から提供されるサービス・機器は、通信・放送、交通、気象観測、農林漁業など幅広い産業で利用されており、私達もその恩恵を受けています。このように、宇宙ビジネスは私達の日常生活にすでに深く入り込んでおり、とても身近な産業になっているのです。

(2) 国内の市場規模は民需が牽引して2050年に31兆円に拡大

④のユーザー産業を除いた上述の産業構成①②③で比較すると、海外では、最近10年間では2倍の35兆円に拡大しています。しかしながら、国内市場を見るとほぼ横ばいで推移していることが分かります(図表2参照) 。

図表2 市場規模の変化(最近10年間、ユーザー産業群を除く)

出典:総務省 宙を拓くタスクフォース「宙を拓くタスクフォース報告書」

海外が大きく伸びた一因は、政府の民間支援策によって民間企業が成長したことだと言われています。そのこともあって、近年では、国内でも政府によるさまざまな民間支援策が打ち出されるようになりました。今後は、国内でも民間企業が牽引して成長産業になると期待されています。実際、④ユーザー産業を含めた宇宙ビジネス全体(上述の①②③④)における国内市場規模は2016年の約9兆円から、2050年には6倍以上の約59兆円に成長するという試算があります(図表3参照)。とりわけ③宇宙関連民生機器産業と④ユーザー産業は、あわせて約53兆円(全体の9割弱)の大きな市場になると見込まれており、民需を呼び込むニューフロンテアとして期待されています。筆者が「宇宙ビジネスは中小企業の成長の機会になる」と考える理由の一つは、ここにあります。

図表3 国内市場規模の予測

出典:総務省 宙を拓くタスクフォース「宙を拓くタスクフォース報告書」

(3) 宇宙ビジネスの変遷により民間のビジネスチャンスが急拡大

a) 産業構造は官から民営主導で商業化が進む

上述のとおり、これまでは「宇宙開発=国のプロジェクト」というイメージが定着していました。実際、宇宙ビジネスの中心にあるのは高度な技術と巨額の費用がかかる重厚長大な産業であり、参入障壁が非常に高いものでした。採算面でも民-民での事業化は難しい状況でした。そのため、国が公的事業として実施し、それを受託するビジネスモデルになりました。その後、国が担ってきた事業の一部を民間移転する取り組みも行われてきましたが、それでも民-民でのビジネスモデルを構築するのは難しい状況が続きました。

しかしながら、近年、こうした状況に変化が生まれました。幾つもの技術革新が起こり開発費が低下したことで、事業性の高い民間サービスが盛んに開発されるようになりました。事業性が高くなったことで、資金調達も受けやすくなりました(図表4~5参照)。

図表4 産業構造の変化

図表5 資金調達額の推移(融資、借り入れを除く)

出典:総務省 宙を拓くタスクフォース「宙を拓くタスクフォース報告書」を基に筆者作成

b) 国からの支援体制が期待できる

近年、国からの支援策が次々と打ち出されています(図表6参照)。スタートアップ~事業化までの成長段階に応じてさまざまな施策が用意されるようになりました。自社の成長段階に合わせて選べることから、参入するための環境がより充実してきたと言えるでしょう。

図表6 国からの支援体制

出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局「宇宙ビジネス拡大に向けた内閣府の取組」

3.中小企業が成長する機会にするための2つのアプローチ

宇宙ビジネスの成長をうまく取り込んで自社の成長の機会にするには、2つのアプローチがあると考えます。

1つ目は、宇宙ビジネスを「利用」することで課題解決に結びつけるアプローチです。宇宙ビジネス以外の事業者が、宇宙ビジネスから提供されるサービス・機器を利用する、ということです。

2つ目は、宇宙ビジネスを「事業化」することでビジネスを拡げるアプローチです。宇宙関連サービス・機器を提供する側として事業化し、収益化する、ということです。多くの場合、③宇宙関連民生機器産業もしくは④ユーザー産業への参入になります。

(1) 宇宙ビジネスを「利用」することで課題解決に結びつける

③宇宙関連民生機器産業や④ユーザー産業から、さまざまな宇宙関連のサービス・機器が提供されています。そのサービス・機器は、大企業だけでなく中小企業でも利用しやすいように改善が進んでいます。

宇宙ビジネスに関わっていない一般の事業者でも、これらのサービス・機器を自社のビジネス課題を解決することに利用できます。ビジネス課題を解決するには、従来の手法だけでも対応できるかもしれませんが、下記の事例のとおり、宇宙関連のサービス・機器を利用することで、より効率的に課題を解決できる場合があります。もちろん、どの事業者でも課題解決に結びつくとは限りませんので、自社の状況を踏まえて慎重に判断する必要はあります。

a) 一般事業者が利用できるさまざまなサービス・機器の事例 :

現時点で提供されている宇宙関連のサービス・機器の数は、まだ多くはありませんが、少しずつ増加しています(図表7参照)。特に、GPSに代表される高精度な位置情報(測位データ)や、地球を広範囲に調べた観測データ(地球観測データ)を利用したものが増えています。

  • 測位データを利用したサービス・機器 :
    マーケティング、物流・運行効率化など
  • 地球観測データを利用したサービス・機器 :
    農作物の生育予測や魚群探査・養殖監視、天気予報など

これらを利用しているのは、現時点では、農林水産業などの一次産業や公共機関が多いようです。導入コストも下がってきていますので、他の産業についても、今後、利用が進むと期待されている分野です。

図表7 宇宙関連のサービスの事例

出典:宙畑「【宇宙産業は”夢”なのか】宇宙産業の今と2050年を予測する3つの文献」(ウェブサイト、https://sorabatake.jp/17696/

b) 測位データや地球観測データを利用したサービスの具体例 :

上記a)ではさまざまな宇宙関連のサービス・機器が提供されていることをご説明しましたが、これらをどのように利用すればビジネス課題の解決に結びつけられるのか、さらに具体的な事例でご説明します。

測位データを利用したサービスとして、ジオターゲティング広告と言われるものがあります。これはスマートフォンなどから取得した位置情報を利用して、特定のエリアを訪れた人・訪れたことがある人などターゲットを絞って広告を打つというものです。自社の製品・サービスの認知度を高めたいという課題や、見込み客を増やしたいという課題に対して一定の効果が期待できるとされています。

物流現場では貨物の輸送を効率化するためにパレットと呼ばれる台を利用しますが、そのパレットが紛失してしまうことがよくあるという話を聞きます。そこで、パレットにGPSセンサーを装着し、位置情報を把握することで紛失を防止するというサービスが出てきました。

建設業界では慢性的な人手不足が起きており、建設現場における人手不足の解消や、危険を伴う現場での安全性向上が課題の一つになっています。そこで、測位データを利用した無人建機が実用化されています。さらに、日本版GPSと言われる「みちびき」を使用することで初期コストが抑えられ、中小企業が導入しやすいシステムの開発も行われています。農業でも、人口減少や雇用難などの地域問題への対策の一つとして、測位データを利用して自動走行する無人農機が開発されています。地球観測データを利用したサービスとしては、生産性の向上を目的とした農作物の生育状況の把握や、収穫時期の予測をするサービスがあります。ドローンを使用したサービスもありますが、衛星データを利用したサービスも注目されています(図表8参照)。

図表8 衛星を利用したサービスの事例(農業、建設業)

出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局「宇宙ビジネス拡大に向けた内閣府の取組」、農林水産省「技術名:衛星画像を利用したブランド米の生産支援」を基に筆者作成

(2) 宇宙ビジネスを「事業化」することでビジネスを拡げる

a) 成長戦略を策定する

中小企業を取り巻く市場環境は激しく変化しています。このような状況のなかで、中小企業が継続して成長していくためには、時代の変化に対応して積極的に新市場の開拓や、新たな事業の展開に取り組んでいくことが大切になります。そこでは、新たな事業機会をとらえて経営資源を投入し、自社を成長させることが、経営者にとって大きな課題の一つになります。そのためには、成長の機会をうまくつかめるように成長戦略を策定して、計画的に実施することが必要になります。

企業にとっての成長戦略は一つではなく、その企業が置かれた状況によってさまざまな方向性があります。成長戦略を策定するには、多くの書籍でも紹介されている「アンゾフの成長マトリクス」というフレームワークが役に立つと思います(図表9参照)。他にも、「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント」などのフレームワークがありますので、頭の中を整理するためにも、これらのフレームワークを活用することをお勧めします。

図表9 アンゾフの成長マトリクス

  • 市場浸透戦略
    いままでの市場に、既存の製品やサービスを投入して、売上高や市場シェアの拡大をめざす戦略です。製品の認知度向上や、購買意欲の促進を図ります。
  • 新製品開発戦略
    いままでの市場に、新しい製品やサービスを投入して、売上を拡大をめざす戦略です。既存市場のニーズに対応し、競合と差別化された製品やサービスを開発します。
  • 新市場開拓戦略
    既存の製品やサービスを新しい市場に投入します。その市場に競合がいる場合は、商品力だけでなく、営業力などの売る力も必要になります。また、新市場においても自社製品・サービスの強みを活かせることが重要です。
  • 多角化戦略
    新しい市場に新しい製品やサービスを投入する戦略です。経験や実績のない市場で新製品を投入するため、マーケティングや、新製品・新サービスの開発にコスト負担が発生するなどのリスクがあります。また、関連多角化することで成功確率が高くなると言われています。

成長戦略が定まりましたら、次に、競争戦略の策定、機能戦略の策定、そして実行する、という流れになることが多いと思います。

また、成長戦略を策定するには、あらかじめ、内部環境(自社の強み・弱み)や外部環境(顧客や市場環境など)を分析しておく必要があります。詳しくは下記サイトの解説が参考になりますので、こちらもご参照頂ければと思います。

b) 大企業との連携や地域密着による中小企業の新規参入が増加

産業構造が変化したことや事業性の向上により、異業種や中小企業、ベンチャー企業からの新規参入が増加しています(図表10参照)。その多くは、既存の大企業と対立することなく新規市場を開拓することで棲み分けを図り、連携することで市場拡大を加速しようとしています(図表11参照)。

図表10 新規参入企業(日本)

出典:総務省 宙を拓くタスクフォース「宙を拓くタスクフォース報告書」

図表11 新規参入企業と大企業との連携

出典:経済産業省製造産業局宇宙産業室「宇宙産業政策のご紹介」

また、「地域に密着した宇宙ビジネス」という新しいスタイルの事業も少しづつですが拡がりをみせています(図表12参照)。

このように、さまざまな産業において、さまざまな形で宇宙ビジネスに参入する事業者が増えています。

図表12 地域密着型の宇宙ビジネスの事例

出典:総務省 宙を拓くタスクフォース「宙を拓くタスクフォース報告書」

c) 宇宙ビジネスを事業化する際のリスク

  • ロケットの打上げ失敗
    新規調達の人工衛星を活用して事業展開する場合には、ロケットの打上げ失敗がリスクになります。失敗する確率は数%程度ですが、年単位での計画の遅れや多額の追加費用が発生してしまいます。
  • 国の計画に左右される
    宇宙ビジネスでは国のプロジェクトに相乗りする形で事業展開するケースが少なからずあります。その場合、国の計画に変更があると自社の事業計画にも影響してしまうリスクがあります。

4.まとめ

宇宙ビジネスは、通信・放送、交通、気象観測、農林漁業など身近な産業にも多様なサービス・機器を提供しています。これらを利用することで、ビジネス課題を解決するための選択肢として捉えられるようになりました。

また、国の支援策が充実してきたことや、技術革新により産業構造が変化したこともあって、新規参入するための環境が整ってきました。宇宙関連サービス・民生機器を提供する側として新規参入する事業者が増加しています。宇宙ビジネスは成長産業としても期待されていますので、中小事業者においても成長の機会に成り得ると考えます。

筆者も、そうした中小企業様の発展に少しでもお手伝いができるよう一層励みたいと思います。

大倉 喜男
中小企業診断士