1.はじめに

「健康経営」という言葉を耳にしたことはありますか?

健康経営は最近非常に注目されており、健康経営に取組む企業も急速に増えています。

本コラムでは、健康経営についてまだよくご存知でない経営者や経営幹部の皆さまに、その基本的な考え方、最近の状況、取組み方などについてお伝えします。

2.健康経営とは

(1)基本的な考え方

健康経営は1990年代初頭にアメリカで提唱されました。日本では、2006年に岡田邦夫氏(特定非営利活動法人健康経営研究会理事長)が最初に紹介したと言われています。

「健康経営」は健康経営研究会の登録商標です。

健康経営とはどういうものでしょうか?

いくつか定義がありますが、経済産業省がまとめたものが広く使われているので、以下に引用します

健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること。健康投資とは、健康経営の考え方に基づいた具体的な取組。企業が企業理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がることが期待される。

出典:健康経営の推進について(令和4年6月経済産業省)

ポイントは次の2点です。

①従業員の健康保持・増進に関する取組みは、投資であり戦略的に行うものである。
②従業員の健康は、企業の業績向上や価値向上につながる。

これまでは、従業員の健康保持は会社が安全配慮義務を果たすためにやらざるを得ないもので、それに要する費用はコストであるとの考え方が一般的でした。しかし、健康経営では、これを投資(健康投資)であると考えます。投資ですから、そこにはリターンを期待することができます。

(2)国や地方自治体などによる推進

国や地方自治体は健康経営を重要政策の一つとして位置づけ、普及促進のため、様々なインセンティブ制度を整備してきました。金融機関なども優遇措置を導入しています。主なものは以下のとおりです。

①健康経営銘柄の選定(2015年に国が創設)
②健康経営優良法人の認定(2016年に国が創設)
③自治体の融資制度の優遇、保証料の減額、補助金審査の加点、入札での加点など
④ハローワークの求人票への記載
⑤金融機関によるローン金利の優遇、保険会社による保険料の割引

次項からは、特に中小企業に関係がある上記②の健康経営優良法人の認定事業を中心に説明します。

3.健康経営優良法人の申請・認定状況

最近の中小企業の健康経営の取組み状況を見てみましょう。

図表3-1は健康経営優良法人(中小規模法人部門)申請・認定状況です。最近の伸び率は、申請法人数で約12%(2020年度12,849社→2021年度14,401社)、認定法人数で約14%(2020年度12,255社→2021年度14,012社)です。さらに、2022年度の申請法人数は17,316社に増え、2021年度比約20%増となっており、増加に拍車がかかっています。

図表3-1 健康経営優良法人(中小規模法人部門)申請・認定状況

出典:第10回健康投資ワーキンググループ事務局説明資料(令和5年12月7日経済産業省)

健康経営優良法人(中小規模法人部門)に認定申請するためには、所属する保険者(協会けんぽ、健康保険組合など)が実施する健康宣言事業に参加する必要があります。健康宣言事業への参加企業数は、2021年度58,597社でした。これが、仮に直近の健康経営優良法人(中小規模法人部門)申請法人数の増加率20%と同じペースで増加し続けた場合、健康宣言事業の参加企業数は2024年には10万社を超えると推定されます。このように健康経営に取組む中小企業は今後ますます増加すると考えられます。

4.健康経営の取組みによって期待される効果

なぜこれほど健康経営に取組む企業が増えているのでしょうか。ここでは健康経営で得られる効果を次の3点に整理しました。

(1)労働生産性の向上

従業員の健康状態は労働生産性と密接な関係があります。

最近の研究によれば、何らかの病気によって会社を欠勤する状態(アブセンティーイズム)よりも、出勤はしているが疲労などで体調が優れないまま仕事をしている状態(プレゼンティーイズム)の方が、労働損失が大きくなることが分かってきました。プレゼンティーイズムによって見えない労働損失が発生しており、その額は医療費や病気休業で発生する額よりも大きくなっています(出典:東京大学未来ビジョン研究センター健康経営研究ユニットによる研究調査報告「アウトカム指標による健康経営の可視化」)。

企業としては、残業時間の削減、休暇の取得促進、日常の食生活や運動などの生活習慣の改善、メンタルヘルスの取組みなど健康経営の施策を講じることで、プレゼンティーイズムの低減に取組むことができます。従業員も、よい健康状態で仕事をすることで自分の本来の能力やパフォーマンスを十分発揮することができます。

このように、健康経営に取組むことは、労働生産性の向上につながります。

(2)企業イメージの向上

健康経営を推進すると社会的な評価が得られ企業イメージの向上につながります。これは特に昨今の人材不足に悩む中小企業にとって大きなメリットです。

就活生および就活生の親に対するアンケートでは、就活生は「福利厚生の充実度」・「従業員の健康や働き方への配慮」、親は「従業員の健康や働き方への配慮」・「雇用の安定」を重視する結果となっており、「従業員の健康や働き方への配慮」は就活生・親双方で特に高い回答率になっています(図表4-1参照)。

図表4-1 就職先企業に望む要素

出典:健康経営優良法人2018中小規模法人部門について(2017年11月経済産業省)

(3)人材の定着と離職率の低下

健康経営に取組む企業では、離職率が低いというデータがあります(図表4-2参照)。多くの中小企業では人材の定着に苦労していますが、健康経営に取組んでいる企業の離職率は、全国平均の1/2以下になっています。企業への人材定着という点でも健康経営の取組みは中小企業にとって大きなメリットになります。

図表4-2 健康経営銘柄、健康経営優良法人における離職率

出典:健康経営の推進について(令和4年6月経済産業省)

5.健康経営の取組み方

健康経営に取組む場合は、健康企業宣言に参加し、次に健康経営優良法人の認定取得をめざすのが一般的です。

(1)健康企業宣言への参加

まず、自社が加入している保険者(協会けんぽ、健保組合、国保組合など)が行っている健康宣言事業に参加します。これに参加すれば、健康経営の第一歩を踏み出しやすくなります。

健康宣言事業は、企業全体で健康づくりに取り組むことを宣言し、その取組のサポートを保険者が行う事業で、各県で独自に運営され、呼び名も異なります。

東京都の健康宣言事業は「健康企業宣言」と呼ばれています。加入している保険者が東京都にある場合、健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定取得をめざすためには「銀の認定」の取得が必須となっています。「銀の認定」を受けるためには、6カ月以上所定の事項に取り組み、実施結果レポートで達成状況を評価し80点以上獲得する必要があります(図表5-1参照)。6カ月以上の活動実績が必要となるため、健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定取得を目指す場合は、スケジュールに注意が必要です。

図表5-1 銀の認定の評価基準

(2)健康経営優良法人の認定取得

健康宣言事業に参加(東京都の場合は「銀の認定」を取得)したあとは、健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定取得に向けて取組みます。

認定申請は「ACTION!健康経営」というポータルサイトから行います(https://kenko-keiei.jp)。認定要件や申請期限などは、このポータルサイトで確認してください。

認定要件については、「銀の認定」の要件と重複している部分が多いので、「銀の認定」を取得できれば、健康経営優良法人認定取得もそれほど困難ではありません。健康経営優良法人(中小規模法人部門)の認定を取得できれば、さらに優良な上位500法人に認定される「ブライト500」に挑戦するとよいでしょう。

健康宣言事業から健康経営優良法人(中小規模法人部門)認定までの流れを図表5-2にまとめます。

図表5-2 健康宣言事業から健康経営優良法人認定までの流れ

初めて「銀の認定」の取得や健康経営優良法人の認定取得に向けた取り組みを始める中小企業では、所属する保険者による支援や専門家派遣制度など外部の無料サポート制度を利用することをお勧めします。東京都の場合は、東京商工会議所が健康経営エキスパートアドバイザーなどの専門家による5回まで無料のサポートを行っていますので、申し込むとよいでしょう(https://www.tokyo-cci.or.jp/kenkokeiei-club/06/)。

(3)留意点

私の経験から、取組みにあたって留意すべき点を2つ紹介します。

①健康経営に取組む目的の明確化
健康宣言事業や健康経営優良法人制度は健康経営を推進するための一つのツール(インセンティブ)に過ぎません。健康経営の目的は、あくまで組織の活性化、生産性の向上による業績向上や価値向上であり、これらの認定取得が目的ではありません。そこを間違えると、認定取得後の取組みは停滞し、活動は形骸化することにもなりかねないので、注意が必要です。

また、経営者としては「早く成果を出したい」という気持ちが先行し、従業員に「とにかくこれをやれ」と指示したり、表面的なエビデンス作りに注力したりするケースも見受けられます。「他社がやっているから、とりあえずうちもやろう」ということもあります。一方、従業員としては「他にもやらなければならないことが山積みなのに、勘弁してほしい」という気持ちが芽生え、イヤイヤ感が生じることもあります。

このような状況では健康経営は進みません。経営者と従業員の双方が十分にコミュニケーションをとり、自社が健康経営に取り組む目的、制度の内容を正確に理解し共通の認識としておくことが大切です。

②継続的な取組み
健康経営に取り組んでも、すぐには目に見える成果が出てこないこともあります。しかし、そこで諦めず継続的に取り組めば必ず成果が得られます。継続的に取り組むためには、楽しさや面白さの要素を入れることが大切です。できるだけ従業員の声を取り入れて、「楽しい、面白い」と感じさせることがポイントです。

6.さいごに

健康経営に取組むことで、経営理念の再確認、人材の確保や定着、組織の活性化、生産性の向上など、中小企業の経営課題の解決につなげることができます。今後健康経営に取り組む中小企業はますます増加することが予想されます。今こそ健康経営に取組みましょう!

中小企業診断士 山内慎一