プレゼンで人を動かすヒントは「マーケティング思考」にある

1.はじめに

 プレゼンテーション(以下プレゼン)の目的は「人を動かす」達成度を高めることにあり、「マーケティング思考」の活用にそのヒントがあります。
 私は日用消費財メーカーでマーケティング業務に従事しており、「マーケティング思考」に触れてきました。「マーケティング思考」とはマーケティングで使われるフレームワークや発想法を起点に考えることを指します。その中で、マーケティングとプレゼンには共通点が多く、マーケティングの思考法がプレゼンスキルの向上に寄与すると感じるようになりました。本稿では「パーセプション・チェンジの設計」と「聴き手分析」の2つの重要ポイントを取り上げ、その有効性をご紹介します(図表1参照)。

図表1 マーケティング思考が「人を動かす」

 

2.プレゼンとマーケティングに共通する目的

 プレゼンとマーケティングの目的は「人を動かす」という点で共通しています。プレゼンで言えば、社内の上司に提案を承認してもらう、社外の取引先に自社商品を採用してもらうなど、「人を動かす」ことを目的に行います。マーケティングも商品やサービスの購入に結び付ける、つまり「人を動かす」ことが目的となります。
 上記のように両者に共通する「人を動かす」という目的があるからこそ、「マーケティングの思考」がプレゼンに活かせるのです。次の章では、マーケティングにおいて、人の心を動かすための1つ目のポイントである「パーセプション・チェンジの設計」をご紹介します。

 

3.【ポイント➀】パーセプション・チェンジの設計

 パーセプションとは、日本語では認識や知覚と訳されます。具体的には、生活者が頭で理解したり、心に思ったりしていることを指します。人はパーセプションに変化が生じる時に、これまで取らなかった新しい行動を取る可能性が高くなります。企業はマーケティング活動を通じて、ターゲット顧客のパーセプションを変化させ、自社商品を手に取ってもらうという行動変容を促していると言えます。
 パーセプション・チェンジの事例として、近年、浴室用洗剤市場で販売が好調な「浴槽にスプレーをかけて数十秒後に洗い流すだけの浴室用洗剤」を取り上げます。本商品カテゴリーの発売前は、生活者のパーセプションとして「浴室の汚れはこすらないと落ちない」「浴槽の掃除は腰をかがめる必要があり負荷がかかる」「どの浴室用洗剤も大して差がない」というものがありました。このような生活者のパーセプションを変えるべく、「浴槽掃除が楽になる」という点をシンプルに訴求しました。このシンプルな訴求によって生活者のパーセプションが「こすり洗いをしなくてもよい浴室洗剤こそが良い洗剤である」に変化し、結果として該当カテゴリーの売上が急成長しました。
 プレゼンにおいても同様で、聴き手のパーセプションに変化を与え、行動変容を促すことが重要になります。言い換えると、プレゼンは聴き手に持ってもらいたいパーセプションと、聴き手が現在持っているパーセプションのギャップを埋めるために行われるのです(図表2参照)。この時に重要となるのは、そもそも聴き手が現在どのようなパーセプションを持っているかを理解していないとプレゼンの内容を決められないという点です。ここで2点目の重要ポイントである「聴き手分析」が必要となるのです。

図表2 プレゼンテーションとパーセプション・チェンジの関係

 

4.【ポイント②】聴き手分析

 聴き手分析とは、現状の聴き手のパーセプションを理解した上で、プレゼンで到達させたい聴き手のパーセプションを設計することです。プレゼンの目的である「人を動かす」達成度を高める効果が期待できます。
 例えば、聴き手を分析した結果、現状の聴き手のパーセプションと到達したいパーセプションに大きなギャップがあることが分かったとします。その場合、1回のプレゼンで理想のパーセプションを達成するのは難しいかもしれません。プレゼンを複数回行うことで、聴き手のパーセプションを段階的に変化させ、理想の状態に導くことが必要になります(図表3参照)。また、聴き手分析の結果、聴き手がプレゼンに含まれる背景知識をほとんど持っていないことが分かったとします。その場合は、聴き手の既知の知識や情報は極力省略しながら、未知の知識や情報をしっかりと伝える内容としなければなりません。いずれの事例においても、聴き手分析が「人を動かす」という目的の達成に重要だということがご理解いただけたかと思います。

図表3 複数回のプレゼンテーションによる段階的なパーセプション・チェンジ

 聴き手分析の際に、以下に答えていくことで現在の聴き手の状況が明確になります。

・聴き手と自身の関係性はどのようなものか
・プレゼンテーマに対する認識や意見、主張はどのようなものか
・プレゼンテーマに対して、どの程度知識や経験を持っているか
・聴き手が最も興味や関心を持っていることは何か
 
 では、プレゼンにおいて聴き手が複数いる場合は、聴き手の分析をどのように行えばよいでしょうか。その場合は、プレゼンを通じて最も心を動かし、行動変容をしてもらい人に絞り込んで、聴き手分析とプレゼン構築を進めます。全ての聴き手をターゲットにするのは現実的ではありません。プレゼンの目的である「人を動かす」に最も資する人をターゲットとして分析をすることをお勧めします。

 

5.まとめ

 プレゼンスキルを向上させる上で役に立つ、「パーセプション・チェンジの設計」「聴き手分析」の2つのマーケティング思考法をご紹介しました。プレゼンの聴き手を分析することで、現状の聴き手が持つパーセプションを理解することが最も重要です。そのうえで、プレゼンを通じてパーセプションをどのように変化させ、どのような行動変容を実現したいのかを明確にしていきます。
 この2つのポイントを抑える前の私は、自分の言いたいことを一方的にプレゼンしてしまう毎日でした。結果、そのプレゼンをしても、しなくても聴き手に何も変化をもたらさない「付加価値のないプレゼン」となっていました。私は2つのポイントを抑えるようになってからは、プレゼンの内容に対する理解が得られるようになり、社内外の提案の採用率を高めることができました。
 皆さんもマーケティング思考をプレゼンに取り入れて「人を動かす」プレゼンを目指してみませんか。

 

新保 智之
中小企業診断士