もしも急に社長が死んだら、どうする!? 「突然の事業承継」に対する備え

1.はじめに

本タイトルに「縁起でもない!」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。私は中小企業診断士・司法書士として、これまで数多くの個人の相続や会社の廃業・承継の業務に立ち会ってきました。

そのなかには、資産超過で収益も右肩上がり、これからさらに新しい事業にチャレンジしようとしていた矢先、社長が突然亡くなり、会社経営が立ち行かず、泣く泣く廃業に至ったケースも目の当たりにしました。「突然の事業承継」に対する備えをしていなかったがために、残された家族が各々自分に有利な主張をしはじめたことが原因です。相続人同士の争い(いわゆる「争続」)に愛想を尽かし、従業員や顧客もあっという間に離れていくのが印象的でした。

だからこそ、経営者が急に亡くなった場合に備えた事業承継対策は、多くの中小企業で真剣に取り組むべき喫緊の課題だと考えます。

本コラムでは、事業承継はまだまだと考えている中小企業の経営者をはじめ、そのご家族や会社の従業員の方々に向けて、「突然の事業承継」と「一般的な事業承継」の違いと、万が一経営者が急に亡くなった場合に備えて、今すぐ押さえておくべき「備え」についてお伝えします。


2.後継者難の現状と課題

戦後の第一次ベビーブームに生まれ、人口ボリュームの最も大きい「団塊の世代」が2025年には全員が75歳以上となります。経営者も同様に高齢化が進むなか、中小企業では後継者が見つからないことを理由として事業をたたむケースが増えています。

東京商工リサーチが2023年4月に公表した「後継者難」倒産の状況調査によれば、2022年度の後継者不在に起因する「後継者難」倒産は5年連続で増加し、調査開始以来の最多を記録しました(図表1参照)。その要因としては、経営者などの「死亡」と「体調不良」が85%超を占めています。

事業を継続していく上では、後継者不在は経営上のリスクになっています。とくに、「死亡」と「体調不良」など、経営者の不測の事態が発生した場合、事業継続が困難な状態に陥りやすいことが統計上からも読み取れます。だからこそ、このような経営者が急に亡くなった場合に備え、事業承継対策を日頃から検討しておくことが重要です。

図表1 2022年度「後継者難」倒産推移

出典:東京商工リサーチ(ウェブサイト、2022年度「後継者難」倒産は409件 5年連続で増加、最多件数を更新 (2023/04/10) | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ (tsr-net.co.jp))


3.「突然の事業承継」と「一般的な事業承継」の違い

それでは、経営者が急に亡くなった場合に生じる突然の事業承継と一般的な事業承継の違いを見ていきます(図表2参照)。

図表2 「一般的な事業承継」と「突然の事業承継」との比較表

一般的な事業承継の場合、経営者が引退を決意することが動機となることが多いですが、そのタイミングは経営者のやる気次第です。

具体的な取り組み内容としては、中長期的な事業の継続・発展を目的に、親族内・親族外・M&Aなどの承継方法の検討や後継者の育成、承継後の事業計画の作成などの人(経営)の承継という観点からの検討が必要です。税金対策、相続対策など、資産の承継という観点も重要になってきます。

さまざまな観点からの検討を要することから、場合によっては非常に長い時間が掛かります。そのため、早めに着手することが望ましいです。また、会社の置かれた環境や事業の特性、経営リソースの違いによって会社ごとに最適な対策を取る必要があるため、準備を整えて計画的に取り組むことも大事です。

一方、突然の事業承継については、経営者の不測の事態によって突然かつ緊急で発生するものであり、経営者のやる気などにかかわらず、非常事態を想定した事前の検討が必要です。

突然の事業承継において最も大事なことは、通常どおりの業務を行い、経営を止めないこと、つまり事業の破綻を防ぐことです。そのため対策としては、そして、次の2点が最も重要になってきます。

① いかに速やかに代表取締役の不在を解消するか
② いかに資金繰りを止めないか

そこで次章では、さまざまある突然の事業承継の取り組み内容の中から、とりわけ上記2点の対策として、今からでもすぐにできる「備え」の一例をご紹介します。


4.今すぐ押さえておくべき「備え」

中小企業では「経営者=株主」、すなわち経営者自身が会社のオーナーというケースが非常に多いのですが、経営者が亡くなると、会社の株式は相続人に引き継がれます。

相続人が複数いる場合、その株式は相続人全員で共有することになり(正確には「準共有」といいます。)、相続人は各々で株式の権利を行使することができません。相続人同士が同じ方針でスムーズに決められれば問題ないのですが、もし何らかの理由で対立することになれば、会社の代表取締役を速やかに選ぶこともできず、会社の経営はたちまち行き詰まってしまいます。冒頭でご紹介した会社も、まさにこの最悪のケースで廃業に至りました。

代表取締役は会社の業務に関する一切の権限を持ちます。突然代表取締役を欠くと、顧客との継続的取引や法人契約などの法律行為が一切できなくなるのはもちろんのこと、法人契約した死亡保険金も新しい代表取締役が決まるまでは請求すらできません。速やかに代表取締役が選任できなければ、たちまち資金繰りに影響を及ぼすことも考えられます。

そこで、株式の共有によるトラブルを避けるための手段として最優先にすべきことは、「遺言書の作成」です。

遺言書の作成は、手続的にも、心理的にも、ハードルが高いと感じる方も多いでしょう。実は、遺言で財産の一部についてのみ引継ぎ方を決めることも可能です。そこで、今回おすすめする方法は、会社の株式のこと「のみ」を取り決めた遺言書の作成です(正確には「特定財産承継遺言」といいます。)。記載例は図表3をご確認ください。

図表3 株式のみの遺言書・記載例

もちろん、株式を承継しない相続人への資産配分や遺留分を害さない配慮も必要ではありますが、緊急時のトラブルを回避するための、今すぐできる対策という観点から今回ご紹介しました。この遺言書の作成をきっかけにさらに事前の対策を深めていくことが望ましいです。


5.まとめ

経営者が急に亡くなるという不測の事態に備えるのが大事だとアタマではわかっていても、考えたくない、言葉に出したくない、そんなことはありえない、と考えるのが経営者の本音だろうと思います。

しかしながら、経営者の死亡は、会社の存続に関わる経営リスクでありながら、自然災害などと同様に、いつ訪れるか分かりません。だからこそ、不測の事態に備えた事業承継対策は、経営者の義務であると考えます。

何も最初から完璧な対策を取る必要はありません。まずは経営を続けるための最低限の対策からスタートしましょう。大事なのは、動き始めることです。中小企業診断士をはじめとする事業承継の専門家も全力でサポートしています。みんプロでも積極的に対応していますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。

本コラムが、事業承継はまだまだと考えている中小企業の経営者はもちろんのこと、そのご家族や会社の従業員の方々にとって、「もしもの時」に備えた事業承継対策を考えるきっかけとなれば幸いです。

 

中小企業診断士 / 司法書士
山田 匡人