1.はじめに

 中小企業が 自社で強化すべきと考える分野を聞かれたときに、多い回答は何でしょう。営業やマーケティング、商品開発、採用などでしょうか。きっと、法務という回答は少ないと思います。
 しかし、中小企業診断士と弁護士の双方の資格を保有する私の視点からすると、法務の強化は、単にリスクを回避するに止まらず、業務の効率化をもたらし、収益の改善にも直接結び付く、意外と見過ごされたポイントです。
 今回は、その中でも契約書のひな形の活用に焦点を当て、その効用をご説明いたします。

2.契約書のひな型とは

 「契約書のひな形」とは、何でしょうか。
 企業が取引を行う際には契約が必要ですが、一から契約書を作成することは少ないと思います。それほど意識せず自社か取引先のいずれかが 持っている書式を使うことが多いのではないでしょうか。このような場合に使用する定型的な書式が「契約書のひな形」です。
 そして、自社で使用する頻度が高い、自社の商品やサービスを販売する場合の契約については、自社が想定する取引に適合するよう内容を吟味した契約書のひな形を是非用意すべきなのです。ひな形は、契約ごとに変更 を要する項目である、取引先 の名称や取引期間などを記載すれば完成するようにしておき、法務の専門家でなくても運用が可能なようにしておきます。

3.ひな形の活用

(1)取引開始の円滑化

 取引を行うにあたり、その対象となる商品又はサービスと対価については、直接交渉されることが多いと思います。他方、その他の契約条件は、契約書のドラフトを使って交渉を進めることが多いのではないでしょうか。
 そこで活躍するのが、契約書のひな形です。ひな形を利用すれば契約書のドラフトを迅速に取引先に送付でき、円滑に交渉を進めることができます。

(2)業務の効率化

 取引先がひな形を持っている場合、それを送付してもらえばよいのでは、という疑問もあるかもしれません。
 しかし、取引先から契約書のドラフトが提示される場合、自社で想定している取引内容とは少なからず齟齬があるでしょうし、受け入れ難い契約条件が記載されている可能性もあります。そのため、そのようなものが含まれていないか、確認をしなければなりません。また、問題が見つかった場合には、取引先に修正を求める必要もあります。
 自社のひな形に一定の情報を記載するのと比較すると、要する工数が格段に異なります。

(3)有利な条件での取引

 契約書のひな形を利用することは、契約条件の決定においても有利に働きます。
 自社のひな形の内容は自社で決めるため、自社に有利な条件を盛り込んでおくことが可能です。取引先から修正を求められ、それを受け入れる部分もあるかもしれませんが、取引先としても、契約書の確認や修正にはコストがかかりますから、修正を求める部分は限られるはずです。
 他方、取引先から契約書のドラフトが提示される場合は、逆の立場に立たされることになります。

ひな形の作成方法

 では、契約書のひな形は、どのように作成すればよいのでしょうか。
 まずは、自社が想定する取引の条件を整理することから始まります。その上で、例外的な事象が生じた場合の取扱いを加えます。そして、それらを契約書の体裁に落とし込みます。
 契約書の文書の作成は、弁護士に依頼するのが確実です。契約書は、いわば取引のルールブックですから、ビジネスにも明るい弁護士が望ましいです。
 しかし、弁護士に丸投げというわけにはいきません。どのような取引を行いたいのかは、企業から弁護士に適切に伝えなければなりません。また、あまりに一方的な条件では取引先が受け入れないでしょうから、適度な塩梅が必要となります。そのあたりは、取引先と交渉している感覚を弁護士に伝えながら、ひな形の内容を調整していくことになります。
 このように、実際に役に立つ契約書のひな形を作成するには、企業と弁護士との協同作業が必要となります。

終わりに

 ここまで読んでくださった方々には、契約書のひな形があると何となく便利そうだということは、伝わったのではないかと思います。
 しかし、契約書のひな形を作成するとなると手間もコストもかかりそうですし、何しろ差し当たり困っているわけでもないということで、実際に着手するのはハードルが高いと感じるかもしれません。
 もっとも、自社の製品やサービスに関する契約書は、何か手元にあるのではないでしょうか。まずは、その書式を修正して汎用的な内容にしていくというのが、自社用のひな形作成への第一歩です。その作業を行う中で、ひな形全部をリプレイスしてしまう方が効率がよいというタイミングが訪れます。そこで、一気に新しいものに作り変えてしまえばよいのです。
 多くの企業が自社用の契約書のひな形を保有し、活用していくことを心より願っております。