1.はじめに

 企業は多くのビジネス環境の変動に応じて柔軟に対応していく必要があります。この変動の中で、人材が持っている「スキル」は、企業の発展に大きく影響します。
 ここで取り上げる「リスキリング」は、ビジネス環境の変動に適応するために社員が新しいスキルや知識を身につけることです。リスキリングを社員一人一人が行うことで、現在あるいは新しい職務に円滑に順応し、現代の急激なビジネス環境の変化を乗り越える鍵となります。
 特に、DX化の波や物価高に伴う人件費の高騰など外部環境の変化に柔軟に対応するための必須の戦略です。また政府も成長分野の人材育成等を目的として助成金を昨年度から新たに設けるなど、リスキリングの分野に注力しています。
 今回は企業の人事担当者に向けた内容を企業内診断士としての実経験も踏まえてご紹介いたします。

2.私のリスキリング経験

 私は通信業界で働く企業内診断士ですが、5年ほど前から海外取引先との折衝をする機会が急激に増えてきました。その際は自分の英語スキルと業務遂行に必要なスキルギャップを痛感しました。伝えなければならないことをはじめは伝えることができず、英語ができる人を介して、文字であればチェックをしてもらうなどをして海外の取引先とコミュニケーションをとる必要がありました。
 そこで英語スキルの向上するために教育訓練給付制度を活用し、英会話の学校に通って英語力の向上に努めました。1年以上の時を経て、英語で海外の企業との打合せなどで折衝を独力で行うことで円滑に業務の推進を行えるようになりました。結果として英語ができる社員に事あるごとに確認をする必要がなくなり、効率的に仕事を進めることができるようになりました。

3.リスキリング推進の現場からのアプローチ方法

 ここまではリスキリングの重要性や自身の実経験を述べてきましたが、企業で社員のリスキリングを推進することも重要です。リスキリングを推進することにより、企業のビジネス環境の変化に伴い必要となる社員の新たなスキルの習得を支援することができます。結果として企業の持続的な成長につながります。
 推進の仕方の一例をまとめましたのでステップ毎に紹介します。

図表1 リスキリング推進の進め方

  • ステップ1  社員のスキル把握
     まずは各社員がどのような能力・スキルを持っているかを把握することが必要です。人事部以外の各部署で社員が業務遂行に必要なスキルの洗い出しを行い、各社員がどの程度のスキルがあるか、取得済みの資格のヒアリングを行います。
  • ステップ2 自社が必要とするスキル分析
     次は自社に関わる業界動向や技術の最新トレンドをもとに今後必要となるスキルの洗い出しを行います。
  • ステップ3 スキルのギャップ分析
     社員のスキルと企業が必要とするスキルを照らし合わせ、スキルのギャップを特定します。具体的には今後海外進出を計画している場合は言語力のある社員が必要とする人数がいるのかを確認します。他にはDX化を進める必要がある場合は、プログラミング経験の有無やIT系の資格所有者がいるか確認します。企業が必要とするスキルに対して社員のスキルが伴っていないスキルをリスキリングの対象とします。
  • ステップ4 プログラム設計
     ギャップを埋めるための教育やトレーニングプログラムを策定します。政府の助成金を活用したプログラムも検討対象とすることで負担が軽減できます。技術動向の把握が必要な場合は関連分野の展示会への参加も盛り込むことで、必要スキルの明瞭化が行える場合もあるため推奨します。
  • ステップ5 評価とフィードバック
    プログラムの進捗を定期的にチェックし、調整や改善を図ります。

 以上のサイクルを継続的に行うことで、自社の業界動向の変化に対して社員のスキルを適応していくことができます。

4.政府のリスキリング支援制度

 政府もリスキリングの重要性を認識しており、企業側と社員自らが学ぶ機会に対して助成金を設けているため、一部をご紹介します。特に中小企業に対しては助成率も高くなっているケースもあるため、積極的に活用することを推奨します。

(1)企業への助成金(従業員の人材育成、スキルアップに対して企業が支援する場合)

「人材開発支援助成金」制度を活用することで、リスキリングに取り組む際に負担を軽減できます。

①人材開発支援助成金(人への投資促進コース)
 「人への投資」を加速化するため、令和4年~8年度の期間限定の訓練コースです。この中でも注目すべきは「定額制訓練」です。いわゆるサブスクリプション型の研修サービスによる訓練を助成しているため、場所に限定されることなく、研修を行い、助成金を受けることができます。

図表2 人への投資促進コースの助成率・助成額

出典:厚生労働省HP 人材開発支援助成金
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html#1001

②人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)
 新規事業の立ち上げなどの事業展開に伴い、新たな分野で必要となる知識及び技能を習得させるための訓練を計画に沿って実施した場合などに、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成します。こちらも令和4年~8年度の期間限定の訓練コースです。

図表3 事業展開等リスキリング支援コースの助成率・助成額

出典:厚生労働省HP 人材開発支援助成金
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html#1001

(2)社員への助成金(労働者の主体的なスキルアップを支援する制度)

 「教育訓練支援制度」制度を利用することで、社員自らが選択した講座を受講した際に支援を受け取ることができます。約14,000講座から選択が可能なため、幅広い分野の講座があり、図表4の検索システムで探すことができます。
 給付方法は図表5のように指定の教育講座施設から講座終了後に受講証明書を受領し、ハローワークに申請します。勤務先に申請するなどの煩わしさがないため、自主的に学ぶ際には活用しやすい制度です。

図表4 教育訓練給付金制度の検索システム

出典:教育訓練給付制度 検索システム
https://www.kyufu.mhlw.go.jp/kensaku/

図表5 教育訓練給制度の概要

出典:厚生労働省HP 教育訓練給付制度
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/kyouiku.html

5.さいごに

 リスキリングは、単なる一時的な教育プログラムではありません。時代の変化を前に、社員のリスキリングは避けられない対応であると考えています。時代の変化に合わせて企業に求められる商品やサービスが変わってくることに伴い、社員が行う業務や必要なスキルも日々変化します。そのため、企業が継続して収益を上げていくためには学びをサポートする企業文化や環境の醸成が不可欠です。またリスキリングを推奨することで社員のキャリアステップにも活きてくるため、社員の意欲的な業務への取り組みにも好影響が与えられます。
 企業で働く一人一人が自身のキャリアプランと企業の将来を考えながら、必要なスキルを補っていくことが、前述の通り結果として企業の発展につながると私は考えています。人事担当者は、そのためのサポートを行っていただきたいと思います。
 リスキリングにより、企業と社員双方の成長を目指すことで、新しい未来を創造していくことを期待しています。

中小企業診断士 谷 明彦