実務補習では、実際に中小企業に対して経営診断を行い、提言書を作っていきます。その過程で、全体戦略のコンセプトやゴール設定はよくまとまっているものの、それを実現する業務の流れをうまくイメージできないという状況に陥ることがよくあります。
 そのほとんどは、SIPOC(サイポック)の整理不足が原因です。単純に業務フローを書くだけでは整理しきれないことが多く、見落としやチーム内で認識の食い違いが起こりがちです。
 この「SIPOC」という言葉は、あまり馴染みがないかもしれませんが、基本的かつシンプルなフレームワークです。少し意識するだけでも効果があるので、ポイントと共にご紹介します。

1.SIPOCとは

SIPOCとは、業務プロセス全体の流れを見える化するために、各業務の範囲や境界線を整理するためのフレームワークです。業務プロセスを改革するプロジェクトにおいて、真に必要な業務プロセスを俯瞰し、関係者間で全体の流れや変更する業務の範囲を認識合わせするのに便利です。そのため、業界・分野を問わず業務見える化のツールとして使われています。
実務補習では、以下のようなときにチーム内で認識合わせするのに効果的です。

  • 現在の業務はどのような役割分担、連携で日々の業務を回しているか?
  • 新ビジネスはどのような役割分担、連携で日々の業務を回すことになるか?
  • 標準化、マニュアル化、デジタル化、外注など、個別業務の改善を提言するのはどの業務か?その影響範囲はどこまでか?

SIPOCは、業務の外枠を定義する5つの要素の頭文字をとった言葉です(図表1参照)。以下に、各要素を説明します。

  • Supplier(供給者)
    その業務を始めるために必要な原材料や設備、情報などの資源を提供する人や組織、システムを指します。Supplierは1つの業務に複数存在することがあり、顧客や仕入先など自社の外部にも存在することがあります。また、人が直接連携しておらず、モノが倉庫や搬送機器を介して提供されている場合や、情報が帳票や情報システムを介して送られている場合は、介在しているもの自体をSupplierとして設定します。それにより、人が担っていない範囲を特定できます。
  • Input(インプット)
    供給者から提供される、その業務を始めるために必要な原材料や設備、情報そのものを指します。こちらもSupplier同様、1つの業務に複数存在することがあります。例えば、料理を作るためには「材料」と「レシピ」の2つのインプットが必要です。また、InputはSupplierと紐づけて、誰から受け取るものかを区別できるようにしましょう。
  • Process(プロセス)
    業務として行い、特定のOutputを生み出す一連の作業を指します。全体の流れを把握するために、Outputに対応する粒度で整理し、それ以上に細かくしないようにします。例えば、Outputである「納品書」に対応する粒度の「納品書の作成」はProcessになりますが、その手順の一つである「納品日の記入」は粒度が細かすぎます。細かな作業ステップはSIPOCによる整理の対象にせず、マニュアル化など別の手法で整理していきます。
  • Output(アウトプット)
    Processの結果として生み出され、Customerが受け取るモノやサービス、情報を指します。後続の業務も整理する場合は、そのまま後続業務のInputになります。また、OutputはCustomerと紐づけて、誰に渡すのか、誰が必要としているのかを区別できるようにしましょう。
  • Customer(顧客)
    Outputを必要とする人や組織、システムを指します。Supplierと同じく、Customerは1つの業務に複数存在することがあり、自社の外部にも存在することがあります。SIPOCにおける「顧客」とは、自社の商品やサービスに対価を払う顧客ではなく、Outputを受け取る存在を指すことに注意しましょう。

図表1 SIPOCの構成要素

 S – I – P – O – Cのどれか1つでも異なれば、別の業務とみなして、大上段から業務を切り分けていきます。切り分けた結果は都度認識合わせしましょう。
 その結果、真に必要な新しい業務の流れと今後変えていくべき業務の範囲(マニュアル化すべき範囲、ITを利活用する範囲など)が明確になります。

 SIPOCはあくまでフレームワークであるため、決まりきった手順やテンプレートはありません。SIPOCを頭に並べた表形式でも問題ありませんが、認識合わせしやすいようにダイアグラムなどのかたちでビジュアル化することが多いです(図表2参照)。一般的な業務フローと比べ、1つ1つのProcessを取り巻くSupplier、Input、Output、Customerの定義が明確になることが見て取れます。

図表2 WEBサイト通販のSIPOCダイアグラム例

2.SIPOCによる業務整理のポイント

SIPOCによる整理に決まった手順はありませんが、ポイントとして以下の3点を押さえておきましょう。

(1) 業務フローを書く前にSIPOCを整理する

実務補習やプロジェクトの中で業務フローを書く場合は、あらかじめSIPOCを整理しておきましょう。SIPOCが不明確なまま、いきなり業務フローを書いてしまうと、業務に抜け漏れがある、重複がある、単位が粗すぎる、細かすぎるといった違和感が生まれやすくなります。

(2) SupplierとCustomerの候補を定義付けしておく

混乱を防ぐため、Processの前後を担う関係者(Supplier、Customer)は、できる限り曖昧さや重複、漏れがないように定義します。後から関係者を追加する際も、既に定義された役割と混同しないよう注意しましょう。特に複数人で分担してSIPOCを整理する場合は、互いの定義がずれていないか適度に確認するとすり合わせやすくなります。

(3) 目的に応じて整理する順序を変える

実際に業務を整理する場面では、上流の業務から各業務をS→I→P→O→Cの順で整理することはほとんどありません。目的に応じて2つのやり方から選択することが基本です。

  • COPIS順
     それぞれの業務をCustomer → Output → Process → Input → Supplierの順で整理します。
     全く知らないビジネスを初めて俯瞰する場合や、新ビジネスのオペレーション、新しい業務を定義づける場合に採用します。最終地点から上流へと遡りながら、以下のような流れで整理するのがおすすめです。

     ①Customer:誰のために行う業務なのか、Outputを渡すべき相手が誰かを確認する。
     ②Output:Customerが求めているものが何かを確認する
     ③Process:Outputを作るために必要な作業を確認する。
     ④Input:Processの着手に必要なものは何かを確認する。
     ⑤Supplier:Inputを提供できるのは誰かを確認する。
     ⑥全体の流れを俯瞰するために、前段階でSupplierがInputを作るために行っている業務の整理が必要な場合、その業務のSIPOC整理へ進む。
  • POCIS順
     それぞれの業務をProcess → Output → Customer → Input → Supplierの順で整理します。
     現在実施している特定の業務を改善する場合に採用します。業務の変化点とそれによる影響を、以下の流れで整理するのがおすすめです。

     ①Process:改善によってどのような作業に変わるかを整理する。
     ②Output:Processの変更により、Outputが変わるかを確認する。
     ③Customer:Outputの変更により、その受け取り手であるCustomerが変わるか(もしくは、変わらないことで違和感があるか)を確認する。
     ④Input:Processの変更により、必要なInputが変わるかを確認する。
     ⑤Supplier:Inputの変更により、それを提供可能なSupplierも変わるかを確認する。
     ⑥OutputもしくはCustomerが変わっている場合は、後に続く業務にも変更が必要になるため、後続業務のSIPOC整理に進む。
     ⑦InputもしくはSupplierが変わっている場合は、先に行う業務にも変更が必要になるため、先行業務のSIPOC整理に進む。

3.SIPOCを活用して「明日からできる」業務の整理へ

 SIPOCの5要素を意識することで、実務補習の場で業務の流れをイメージしやすくなります。それにより、コンセプトやゴール設定を業務レベルの提言に落とし込みやすくなります。逆に、SIPOCを整理せずにいきなり業務レベルの提言やマニュアルを整理してしまうと、提言全体の方向性と整合が取れないまま、非現実的な内容に着地する可能性が高まってしまいます。
 必要な業務の流れ、オペレーションがイメージできないときは、SIPOCが明確になっているか振り返ることをおすすめします。整理が足りていない業務を見つけることができます。
 「明日からできる」提言のために、SIPOCで真に必要な業務の流れを可視化し、変化点を特定し、実践のポイントを診断先の経営者に説明できるようにしましょう。

※本記事は執筆者都合により匿名で投稿しております