コロナ禍で停滞していた経済活動が再開され、企業がアクセルを踏み込むなか、改めて人手不足に関心が集まっています。日本・東京商工会議所の調査において、「人手が不足している」と回答した企業の割合は64.9%となり、過去最高であった2019年調査の66.4%に迫る水準でした(図表1)。
 また、新卒を募集した企業のうち、「予定人数を採用できた」と回答した企業は45.6%にとどまり、約2割の企業は「募集したが、全く採用できなかった」(19.9%)と回答しています(図表2)。

図表1 人手不足の状況 図表2 新卒採用の状況

出典:日本・東京商工会議所「人手不足の状況および新卒採用・インターンシップの実施状況に関する調査(2022年7月~8月)」より著者作成

 また、図表3は直近20年の人口推移です。15~64歳の人口が減少し、65歳以上の人口が増加していることから、労働力不足はさらに深刻になると推定されます。今ある人材を有効に活用することの重要性が増しているのです。そのために必要となるのが高齢者の活躍です。政府も本腰を入れ、新たな対策を講じています。その最新動向について、以下に整理します。

図表3 全国の人口の推移

出典:e-stat 統計ダッシュボード

1.高齢者の就業実態

(1)就業状況

 最初に、高齢者の就業状況について述べます。令和5年版高齢社会白書によると、就業者の割合は、60~64歳では男性83.9%、女性62.7%、65~69歳では男性61.0%、女性41.3%、70~74歳では男性41.8%、女性26.1%です(図表4参照)。このように、男女ともに65歳を過ぎても多くの方が就業しています。

図表4 60歳以上の方の就業状況

出典:内閣府 令和5年版高齢社会白書より著者作成

(2)定年

 続いて、就業に大きな影響を及ぼす定年について述べます。「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)が改正され、事業主には以下のいずれかの措置を制度化する努力義務が設けられました(2021年4月1日施行)。

①70歳までの定年の引上げ
②定年制の廃止
③70歳までの継続雇用制度の導入
以下、創業支援等措置(雇用によらない)
④70歳まで継続的に業務委託を締結する制度の導入
⑤70歳まで継続的に以下の業務に従事できる制度の導入
 a.事業主自ら実施する社会貢献事業
 b.事業主が委託、出資等する団体が行う社会貢献事業

 2000年10月1日に65歳までの雇用確保が努力義務となり、12年半後の2013年4月1日に、65歳までの希望者全員を対象とする継続雇用制度の導入が企業に義務付けられました。2021年4月1日に70歳までの雇用確保が努力義務となったことから、同じように、近いうちに70歳までの雇用確保が義務化されるかもしれません。

2.高齢者と年金

 1項で述べた法改正は、年金制度改革により年金の支給開始年齢が引き上げられたことが影響しています。厚生年金の支給開始年齢は、制度発足当初は55歳でしたが、累次の改正により65歳に向けて徐々に引き上げられてきました。年金制度は2022年にも大きく改正されていますので、その概要を整理します。

(1)在職年金制度の見直し

 在職年金制度は、働いて一定の収入がある高齢者の厚生年金を減額する制度です。60歳以上65歳未満の高齢者の支給停止基準額が、65歳以上の高齢者の支給停止基準額よりも小さいことから、60歳代前半の就業意欲を下げる弊害が指摘されていました。2022年4月から、60歳以上65歳未満の方の支給停止基準が65歳以上と同額に引き上げられ、年金が減額されにくくなりました。

(2)年金受給開始年齢の自由度拡大

 年金の受け取り開始を75歳まで繰下げることが可能となりました。改正前の繰下げの上限は70歳でしたが、改正後は上限が75歳に引き上げられ、年金の受給開始時期を75歳まで自由に選択できるようになりました。受給開始を繰下げると、将来受け取る年金額が繰下げ1か月あたり0.7%増額され(図表5)、その増額率は一生変わりません。

図表5 繰り下げ受給による年金額の増額イメージ

出典:日本年金機構WEBサイト

(3)厚生年金の対象となる短時間労働者の拡大

 年金を受ける側だけでなく、掛ける側の制度も改正されています。改正前において、短時間労働者が厚生年金の加入対象になるのは、従業員数が「501人以上」の企業のみでした。改正により、勤め先企業の従業員数の基準が、2022年10月に「101人以上」、2024年10月に「51人以上」に、段階的に引き下げられます。これにより、厚生年金の対象となる短時間労働者の範囲が拡大します。ここで、短時間労働者とは、週の所定労働時間が20時間以上、雇用期間が1年以上見込まれること、賃金月額が8.8万円以上を満たす従業員を指します。
 将来受け取る老齢厚生年金は、厚生年金に長く加入するほど増額されます。厚生年金の保険料払込みは70歳までのため、厚生年金の加入対象となる高齢者が増えることで、多くの高齢者が将来受け取る老齢厚生年金を増やせるようになります。

3.高齢者が活躍できる環境づくり

 以上のとおり、政府は定年や年金などの面から高齢者が活躍する社会を後押ししています。また、冒頭に述べたように人手不足の傾向は根強く、今ある人材を有効に活用することの重要性が増しています。今から高齢者が働きやすい環境を整えることが、企業の競争力に直結する時代となっているのです。このような社会背景の中、高齢者がイキイキと働く環境づくりについて、企業・個人・社会の3つの視点で検討します。

(1)企業の視点

 多くの企業で定年後の再雇用が行われています。「特定の職種の人がほしい」「経験のある人がほしい」「若い社員の見本となってほしい」「若い社員が入りづらい時間帯に働いてほしい」。状況に合わせて経験豊かな高齢者を活用しようとする判断は、企業として合理的だといえるでしょう。
 定年後の高齢者を再雇用する際は、有期雇用契約を締結することが一般的です。多くの場合は、再雇用時の職務内容の変化やその他の事情を理由として、賃金を切り下げる運用がなされています。現役時代と異なる勤務体系・役割・責任などに見直したうえで、処遇も見直されています。
 一方で、勤務体系・役割・責任などが現役時代と変わらないのであれば、処遇も変えないことが望ましいと言えます。正社員と有期雇用労働者、パートタイム労働者で不合理な待遇差を設けてはならないという同一労働同一賃金が、「パートタイム・有期雇用労働法(2020年4月1日施行」で定められているからです。
 いずれの場合も、明瞭で合理的、そして何より従業員の理解が得られる制度を構築し、職務内容と処遇のバランスをとることが必要です。また、明瞭で合理的だとしても、切り下げるだけではモティベーションの低下を招きかねません。期待する成果を得るために、次のような制度の工夫も重要になるでしょう。

  • 就業の自由度や期待する役割が異なる複数の雇用形態を設けること
  • 高齢者も評価の対象とし、評価結果で賃金や賞与を決定すること
  • 高いスキルを持つ人材・働く意欲が高い人材には、昇給や調整給の支払いも可能な制度とすること

このような仕組みづくりは、再雇用だけでなく、新規採用の上でも、企業の強みとなることは間違いありません。

(2)個人の視点

 国民生活に関する世論調査(図表6参照)によると、働く目的は、50代までは「お金を得るため」が75%程度で最多ですが、60代以降は目的に変化が生じ、「社会の一員としての務め」と「生きがいを見つけるため」が増加しています。 定年は、自らが望む働き方を見つめなおすタイミングだといえるでしょう。

図表6 働く目的

出典:国民生活に関する世論調査(令和4年10月調査)

(3)社会の視点

 SDGs(Sustainable Development Goals)は持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17の目標で構成されており、その目標8は「働きがいも経済成長も」です。グローバルにおいては、高齢者の就労は重視されていないテーマかもしれません。しかし、少子高齢化が進む日本においては、高齢者の就労は重要なテーマです。
 個人の視点で述べたとおり、高齢者の多くが働く目的として「社会の一員としての務めを果たす」ことを挙げており、高齢者の就労は個人として社会に貢献することにほかなりません。
 企業が高齢者の活躍の場を用意することは、企業としての社会的責任を果たしていると言えるでしょう。高齢者の活躍は、個人が自分を支えること、企業が自社を支えることのみならず、社会全体を支えています。

4.Win-Winのかたちを求めて

 高齢者は企業に雇用されることがゴールではありません。働く目的に合わせ、雇用だけでなく業務委託や起業も選択肢になるでしょう。個人個人が希望の働き方、自分の経験や能力を掘り下げて考え、第2、第3の人生のスタートを切ることが重要になります。
 企業も高齢者を雇用することがゴールではありません。経験豊かな高齢者が力を発揮し、会社に仲間に貢献できる環境を整えることが重要です。年齢も、働く目的も、働き方もさまざまな方々が集う職場、それが生涯現役時代の企業の姿です。
 高齢者がイキイキと働き、活躍する環境づくりは、多様性を尊重する取組みとも言えるでしょう。多様性を尊重し、年齢問わず活躍できる場をつくることが、人手不足の解消および競争力の向上につながります。企業が求める人材はさまざま、高齢者が求める働き方もさまざま、それをWin-Winにする形を模索することが求められています。

中小企業診断士 楠本 洋一