私は広告会社で文化事業を活用した企業のブランド戦略立案と実行に従事していますが、文化はビジネスの役に立つと考えています。このコラムでは、それは何故か?具体的にどうしたらよいか?について、私の考えを紹介します。このコラムが、多くの経営者と接する中小企業診断士の皆さまに役立てれば幸いです。

1.     文化とはなにか?

 広辞苑によると、文化とは「人間が自然に手を加えて形成してきた物と心の両面の成果」と書かれています。文化の定義は広く、価値観や衣食住、学問、スポーツも文化に含まれますが、このコラムでは、美術や音楽などの芸術分野を中心に説明したいと思います。

2.     経済と文化

 ある時、取引先から興味深い話をうかがいました。「わが社では役員が参加する『読書会』がある。役員として国内外の取引先と会う時、ある程度の教養や自国文化の知識がないと商談も始まらないためだ」という内容でした。

 近年、文化が経済を活性化するという考え方が広がっています。2017年「文化経済戦略」には「経済社会の持続的な発展を目指す上で、文化に対する投資はこれまでになく重要となっている」と記述されています(出典:文化経済戦略/内閣府、文化庁)。

 経済産業省は2023年に、初めてアートに関する報告書「アートと経済社会について考える研究会報告書」を発表しました。国家や企業の競争力向上のために文化が付加価値を高めてくれるという考え方です。

3.文化はビジネスにどう役立つのか?

(1)共通言語となる

 文化は異なる背景の人と会う時の共通言語になります。英語が国際間の共通言語になり、数字が多くの情報伝達の共通言語になるのと同様です。また、共通の趣味を持つことも共通言語になります。例えば、相手の愛読書を自分も読んだことがあれば、その人柄を知るきっかけができた、共通の話題ができたという経験が皆さんにもあると思います。

(2)イノベーションを生む原動力となる

 近年、停滞している日本経済に必要なのはイノベーションであると言われており、新しいアイデアで新規事業を考えるといった取組みが盛んに行われています。イノベーションとは、新しいアイデアが生まれ、それが広く社会に受け入れられることです。

 新しいアイデアを生むコツは既成概念を捨てることだと言われていますが、多くの人はどのようにしたら既成概念を捨てられるのかわからず、途方に暮れるというのが正直なところではないでしょうか。

 昨今、新しいアイデアを生むためには、文化に親しみ、自分の感性や想像力を鍛えることが有効だと言われるようになってきました。例えば、アーティストのように実際に既成概念を捨て、ゼロから新しいものを創り出している人を見て、その思考の振れ幅を追体験するといったことです。

 実際、世界の新興企業の創業者には、芸術愛好家や芸術系の教育を受けた人が多いことが知られています。スティーブ・ジョブズは日本の陶芸の愛好家であり、イーロン・マスクの趣味は音楽、ゲーム、漫画であり、エアビーアンドビーの3人の創業者のうち2人は美術大学在学中に知り合っているなどがその事例です。

 日本でも2020年に東京大学で医学や工学、教育学など複数の研究科が参画し、芸術創造連携研究機構が設立されました。この組織の目的はアートで知性を拡張し、社会の未来を開くことで、芸術家と研究者が一緒になってアート実技の授業を行っています。

4.文化の取り入れ方

 現在、私が取り組んでいる方法を紹介します。

(1)“わかりにくい”文化に“意識的に”触れる

 想像力を鍛えるためには、“わかりにくい”文化に、“意識的に”触れることをおすすめします。“わかりにくい”ものである理由は、想像力を鍛えるためです。“意識的に”する理由は、筋肉を鍛える時に意識的に行うほうが良いのと同様です。想像力を鍛えるのも筋肉を鍛えるのも、日々の努力が必要なことは変わりません。

 例えば、設定が少しわかりにくいSF小説を読む、美術館で現代アートに触れてみる、といったこともおすすめです。すぐにわかる必要はありませんし、正しい見方を求める必要もありません。大切なのは、自分なりに「これは何を言いたいのかな?」「〇〇に似ているな」などと考えることです。それが想像力を鍛えるための訓練となるのです。

(2)共有する

 文化体験を個人の心の中にとどめたままでは、組織としての想像力、創造力の強化にはつながりません。メセナ活動など企業の公式な活動として取り入れることも素晴らしいことですが、文化体験を共有する場は、気軽に朝の会話をする程度でもよく、研究開発活動や市場調査の一環として取り入れるなどでもよいのです。


 すぐには新しいアイデアは生まれないかもしれません。しかし、そのような思考の訓練が固定観念に縛られない柔軟な思考の力を育てます。企業の成長の助けとなる文化に、少しずつ触れる機会を増やす、これが私からの提案です。

中小企業診断士 柴田 智子