知的資産経営のすすめ
1.はじめに
私は特許事務所に勤務する企業内診断士です。弁理士でもあります。
クライアント様と一緒に知財戦略を考えるときには、SWOT分析やビジネスモデルの分析をおこないます。
ヒヤリングをしていると、その会社の本当の強みは保有している特許(知的財産)以外に存在するのではないか、と思うことが意外に多くありました。
これがきっかけで知的財産の外側の世界にも目を向けるようになり、「知的資産経営」の考え方に出会いました。
本コラムでは、知的財産と知的資産の違いや、知的資産経営の考え方をご紹介します。大企業に比べて資本力や規模が小さな中小企業の経営戦略を考える上で大変役に立つ考え方です。
一人でも多くの方に知っていただければ幸いです。
2.知的資産とは
(1)知的資産とは
経営資源には、店舗や工場設備などの目に見える有形資産と、特許・ノウハウや人材などの無形資産があります。
知的資産とは無形資産のうち、財務諸表には表われてこない、目に見えにくい経営資源の総称です(図表1参照)。
図表1 知的資産のイメージ
出典:中小機構 事業価値を高める経営レポート作成マニュアル
知的資産というと、皆さんは特許を思い浮かべるかもしれませんが、図表2で示すとおり、知的資産は知的財産権、知的財産を含む幅広い概念です。
図表2 知的財産と知的資産の違い
出典:中小機構 事業価値を高める経営レポート作成マニュアル
「知的財産権」とは、特許権、意匠権、著作権、商標権など、知的財産に関して法令により定められた権利をいいます。
ブランド・営業秘密・ノウハウなどは、〇〇権と名付けた保護を国がしていないので単に「知的財産」と呼びます。
特許権を保有していない中小企業も多いと思いますが、知的財産はどの企業にも必ず存在します。そして、人材、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなどが「知的資産」です。
中小企業は、店舗設備などのハード面では資本力を有する大企業に対し不利なため、技術ノウハウやネットワークなどのソフト面で勝負することが多いです。
つまり、中小企業の競争力の源泉は知的資産であると言っても過言ではありません。
(2)知的資産の3つの分類
図表2では法令による保護の違いで知的資産を分類しましたが、社内・社外など別の切り口による分類があります(図表3参照)。
図表3 知的資産の分類
一つ目は「人的資産」です。従業員が退職時すると企業内に残らない知的資産であると定義されます。
従業員個人に付属しており、その人にしかできない技術や知識のことです。中小企業では人的資産を強みとすることが多く、次に述べる構造資産や関係資産への転換が重要な課題となります。
二つ目は「構造資産」です。従業員が退職しても企業内に残留する知的資産であると定義されます。
個人の技術やノウハウ、知識などがマニュアル化あるいはプログラム化されたものは構造資産となります。経営理念や企業文化なども該当します。
三つ目は「関係資産」です。企業の対外的な関係に付随した知的資産であると定義されます。
販売先、仕入先、外注先、提携先との組織的な関係や、地域社会との関係が挙げられます。
3.知的資産経営
知的資産経営とは、自社の強みである企業に固有の知的資産を図表3の分類に従って認識し、有効に組み合わせて、収益につなげる経営です。
知的資産経営は、図表4に示すように6つのステップでおこないます。
図表4 知的資産経営の6つのステップ
出典:社団法人中小企業診断協会 知的資産経営支援マニュアル
簡単に説明すると、ステップ①でインタビュー、現場視察、SWOT分析などをおこなって自社の強み(=知的資産)を把握します。
ステップ②で戦略を策定し経営計画をまとめます。このときに重要な点は、自社の価値創造のプロセスをストーリー化すること、進捗管理のためのKPI(Key Performance Index)を設定することです。
ステップ③では、②でまとめた施策を実行し、知的資産経営を実践します。
ステップ④では、③と並行して知的資産経営報告書を作成しステークホルダー(社内外の関係者)に開示します。社外秘の情報もあるので、開示先に合わせて内容を取捨選択します。
ステップ⑤とステップ⑥でKPIの達成状況を確認し、達成状況を踏まえて事業計画の見直しをおこないます。
4.知的資産経営の効果(メリット)
知的資産経営には図表5に示す4つのメリットがあります。
知的資産経営報告書を作成することで自社の強みが明確になり、ステークホルダーとのコミュニケーションが深まります。
特に最近では、事業承継のためのコミュニケーションツールとして利用するケースも増えています。
例えば、他社で働いている自分の子供を後継者として入社させるときに、自社の実態を分かりやすく伝えることができると好評です。
図表5 知的資産経営のメリット
5.まとめ
以上、知的資産経営の大切さを述べてきました。
中小企業の本来の持ち味は、財務情報に表現されない部分(知的資産)に存在することが多いです。
強みである知的資産を可視化し、活用のストーリーをクライアント様と一緒に考えるプロセスは、まさに中小企業診断士の腕の見せどころです。
私は知的財産権を中核としながらも、その外側にある知的資産まで意識しながら経営のアドバイスをしていきたいと考えています。
執筆者 廣瀬 勝夫(中小企業診断士 弁理士)